母親を自死で亡くした私のブログ

母親から精神的虐待を長年にわたり受け続けた娘の日記です。母親は2017年5月に自死しました。

私は愛されていない

土曜日、祖母が来るそうで、
祖母は五反田のホテルに泊まるそうです。
それは父親が目黒に家族と住んでいるから。
父親は、五反田に来いと私に言った。
私は今日電話ではいくと言ったが、
やっぱりこれは行くべきじゃないと思う。
なんで私が合わせてやらないといけないんだ。
父親の家族になんで私が配慮しないといけないんだ。
土曜日は絶対に五反田になんて行かない。
私は愛されていない。
おそらく父親は私も他の子供達も「平等に愛している」というんでしょう。
でも私は今まで一人っ子のつもりで来たから、急に姉妹がいることになったなんて困る。
そんな父親はいらない。
もう会いたくない。
私を愛してくれない親は母親だけでよかったんだよ。
なんで、なんでお父さんは私を愛してくれないの。
なんで私に配慮してくれないの。
なんでそんなに無神経なの。
ひどすぎるよ。
ひどいひどいひどすぎる。
ひどいひどいひどいひどいひどすぎる。
私には帰るところがない。
私は永遠に愛を求めて彷徨うんでしょうね。
私自身は誰も愛することができませんが。
私はおそらく、愛されていたとしても、それを認知できないでしょう。
今後ずっと。
父親とも縁を切ります。
私は、たった一人で、寂しく生きて行かなくてはならないのです。
太宰は嫌いですが、
彼の死にたがりの性質には同感できます。
死ぬ自由だって私にはあるはずです。
しかし父親に愛されないために自殺するのかって言ったら、
まるで私が腑抜けみたいじゃないですか。
いえいえ、私は昔っからわかってたんです。
私は見捨てられたんだと。
そこを母親にも見捨てられ、
私は孤児になりました。
19歳の孤児。
児童相談所には取り合ってもらえなかった未成年のあの一番辛かった年。
今私は20です。
恋人も友達もいません。
なんだか毎日が調子外れで。
このままずっと川の底に沈んで行きたい。
死ぬべきだとは思いませんが、
夢中になれる男でも見つけて、そいつを養うためだけにでも働ければ、
私は幸せなんです。
一人は辛すぎる。
口元のブツブツが辛い。
私は唯一肌が綺麗なのが自慢だったのに。
かなしい。
私は生まれなければよかった。




つれづれ

最近なんだかつまんないです。
調子の外れたピアノみたいな感じがします。
書きたくないものを書いて、読みたくもない本を読む。
大学院にも進学したくない。
普通大学院は学びたい人が行くところなのに、私にとってはキャリア的選択になってしまっている。
でもそれでは何をしたいかと聞かれたら困ってしまう。
今日授業に出たら、
なんだか私たちがサーカスの芸をするサルのように思われてきました。
馬鹿らしい芝居。
同級生の男の子の美しさだけが救いでした。
彼の細い細い手首。
私は最近太ってきました。
先日はスーパーでパンを1200円分も買ってしまった。
欲しかったパンがなくて、その代償として他のパンやお菓子を買っていたらいつのまにか1200円分になってしまった。
太ったのはパンの食べすぎでしょうか。
手首が丸太のように感じる。
食べ過ぎと夜更かしのせいか口の周りにブツブツと吹き出物のようなものができています。
私は酒も大嫌いで、タバコも嫌いで、どう頑張っても遊ぶところがないのです。
コーヒーも嫌いでカフェも行きません。
なのでスーパーに行って食品を買い込むぐらいしか娯楽がありません。
パチンコはうるさいし、タバコ臭いし、ルールがわからないので好きになれそうにないです。
ホストクラブやキャバクラは、はまる人の気がしれません。
他人に金を払っておべっかを使ってもらうなんて、美容院でもそういうの嫌です。
太宰の斜陽を昨晩読み終わりました。
読んでいるときは楽しかったけど、今日は何も残っていない。
くだらない本。
大衆受けする本はくだらない。
太宰、あんまり好きじゃないな。
今まで読んだことなかったけど。
ヴィヨンの妻も読んだけど、あんまりよくなかった。
文学的分析をすれば面白いことが起きてるのかもしれないけど、
そこまでする気になれない。
国文学だと安部公房の箱男は面白かった。
砂の女でも明日借りるか。
今日は久しぶりにスカートを履いて授業に出ました。
スカートを最後に履いたのは元彼と最後に会ったときでした。
それ以来ずーっとジーンズで。
服のコーディネートを考えるのも面倒で、毎日毎日同じ格好で大学に行きました。
どうせ同じ人とは毎日会わないから、変えなくても一緒かと思って。
靴とノートと靴下を買いに行ったのですが、
靴はいいものが見つからず、ノートと靴下だけ買いました。
あとトップスのチョコレートケーキを買いました。
でも家に賞味期限きれのプリンとシュークリームがあったので、そっちを食べました。
トップスのチョコレートケーキは母親がとても好きで、一回母親が買ってきたことがあります。
その時に食べました。
大して美味しくないと思いましたが、ここ最近なんだか無性に食べたかったのです。
トップスのチョコレートケーキ屋さんの前で電話がかかってきました。
私が前インターンシップに行った企業でした。
冬季インターンシップにも応募してほしいということでした。
うちの大学にも今月説明会をしにきていたのに、私が行かなかったので、
心配になって電話をよこしたみたいです。
私は大学院に進学するかもしれない、とだけ伝えました。
この会社はとても良さそうな会社ではあります。
年収は高いし社会貢献度は高いし、英語は使えるし(研究者と比べたらお話にならないレベルの英語でしかないですが)。
だから断るのもなんだか申し訳ないんですが、
応募するのも面倒臭い。
当時は「この会社に入りたい!」と思っていたんですけどね。
ただ、電話をかけてきた人事部の男が妙に馴れ馴れしくていやでした。
そういえばインターンシップで妙に馴れ馴れしいところがあったな。
フレンドリーさを心がけているのでしょうが。
前インターンシップで行った日本橋の金融機関はそんな感じではなかったですね、
さすが老舗というか、しっかりしていました。
この会社も結構老舗なんですが。
でもインターンシップの選考でグループ面談があるそうです。
私に電話をかけてくるぐらいだから、多分受ければ合格させてくれるんでしょうけど、
なんかめんどくさいなあ。
スーツなんて着たくねえ。
でももう一回だけみにいこうか。
受かったらプラント見学もできるみたいだし。
まあどうせ休みの日ならいいか。
軽い気持ちで受けてみようと思います。



軋轢

私は、不幸な人間です。
幸せだったのは3歳ぐらいまでだったと思います。
もう今後幸せにはなれないと思います。
幸せになれない未来のためになぜ生きていかなくてはいけないのか、わかりません。
ノスタルジアに取り憑かれています。
過去から遠ざかっていくのがつらいのです。
未来に進みたくないのです。
父親から、前書いた私の昔のビデオの映像をもらいました。
でも中に入ってる母親の声を聞くのが辛くて、あまり見れません。
全て母親の撮った映像ですからね。
本当はこの動画の中に、当時1歳の私の体で入り込んで、
あの日をまた体験したいんですけどね。
VRの発展で、なんとかならないだろうかと思います。
かなり画質が粗いので、元のテープが見つからない限り難しいだろうとは思いますが。
デジタルの世界が嫌いです。
すべてがのっぺりとこぎれいになってしまって、
実際の世界が画質のよすぎる映像みたいに感じて、吐き気がする。
2010年以降同じような感じがする。
2005年はまだまだ昔なんですけど。
LSD、マジックマッシュルームなどをやるとまた子供に戻ったような、そんな感覚になれるらしいです。
私も今度海外でやろうかな。
留学すればできると思います。
私が唯一できることは、
海外に行って子供に戻れるためのドラッグを探しにいくことです。
カナダでは合法化されたみたいです。
今では薬局で買える状態だそうです。
旅行に行ってやろうかなあ。
ドラッグをやるためだけに生きる。
それって依存者ですよね。
でも私だって過去の痕跡を追い求めるためだけに生きてるようなものです。
悲しくなりますが、実際そうなのです。
大学に行って新しいことを学ぶのは楽しいといえば楽しいですが、
学業と私の精神生活は平行線上にあります。
私の精神生活は、常に後ろへ後ろへと戻ろうとしている。
学業的には一応前に進もうとしているけど。
この間に軋轢が生じていて苦しい。