母親を自死で亡くした私のブログ

母親から精神的虐待を長年にわたり受け続けた娘の日記です。母親は2017年5月に自死しました。

記憶

6歳ぐらいのだと、ビデオに撮られていた当時の記憶があるんですよね。
当時は、自分の置かれた状況を知る由もありませんでした。
だから当時の何も知らない自分を見ると複雑な気持ちになります。
今思うと、母親は不器用なりに、料理ができなくてもクリスマスなどの時は出来合いのケーキやオードブルを買ってきてくれて、
皿に盛り付けてイベントを祝おうとしてくれていました。
母親が死ぬ数年前はもう、そんなこともできなかったんですけどね。母親が機嫌悪くて。
クリスマスの時は私がケーキを買ってきて、母親に食べさせた気がします。
でも私の19歳の誕生日にはケーキとプレゼントを用意してくれていたのを覚えています。
母親の死ぬ4ヶ月前でした。
無理してたんでしょうか。
母親は私に成人式に向けて歯列矯正もさせてたのに、私の矯正が外れた姿も見ることなく死んで行きました。
私は、母親が成人式の時に着た振袖を着ました。
今まで辛いことはあったけど、なぜせめて成人式まで待ってくれなかったのか。
別居することでちょうど良い距離が生まれるかと思っていたんです。
電話は着拒否していたけど、メールのやり取りはしていました。
未だにメールが残っています。
お母さん、なんで死んだの。
「厳しくしつけたから」と私に言ってたけど、
どうせ大人になった私を見れないんだったら、
もっと優しくしてくれてもよかったんじゃないの。
お母さん、お母さん、
なんで二人で仲良くいられなかったのかな。
お母さんがいつもあんなに疲れてなかったら、
お母さんが祖母にどなりちらさなかったら、
私はお母さんのことをあれほど憎まなかったと思う。
お母さん、仕事辞めて心に余裕を持ってたら、
お母さんと私はあれほどお互いを憎まずに済んだかもしれないのにね。
お母さん、
なんで分かり合えなかったのかな。
なんで同じ屋根の下に住んでいたのに、あれほどお互いを憎んでいたのかな。
いや、お母さんは私のこと憎んでなかったのかな。
私の勘違いだったのかな?
お母さんは金のために死んだの?
チンケな仕事のために、なんでお母さんが死ななきゃいけなかったの?
なんで私は母親を奪われなきゃいけなかったの?
お母さん、お金なんて全く重要じゃないのに、
なんでお母さんにはそれがわからなかったの。
生活保護でも、他人に頼る生き方でも、
生きる方法はいくらでもあったのにさあ。
私、お母さんの遺産をもらったけどさ、
私、お母さんが生きてて、仲直りできた方が、よっぽどよかったよ。
お母さん。