母親を自死で亡くした私のブログ

母親から精神的虐待を長年にわたり受け続けた娘の日記です。母親は2017年5月に自死しました。

祖母の愛

昨日飼っていたハムスターが寿命で死にました。
慌てて葬儀業者を手配し、遺体を引き取ってもらいました。
そのことを友人に話したら、一人でいるのはよくないと言うことで急遽家に泊めてもらえることになりました。
朝起きて、祖母と父親と会いに行きました。
色々大変でしたが、最後は平穏に別れることができました。
祖母が、こう言ってくれました。
「suicidaltendenciesちゃんは難しい道と簡単な道があったらいつも難しい道を選ぼうとする。簡単な道を選んでええんやで」
「suicidaltendenciesちゃんが、元気に楽しく暮らしていてくれればそれがおばあちゃんにとって一番うれしいわ」
「別に大学を4年で卒業せなあかんとか言うルールはあらへん。叔母さんだって進路に悩んで留年しとる。考えてみる時間があってもええと思うで。誰も怠け者だとは思わん」
「疲れたら、いつでも遊びにきてええからな」
祖母が「suicidaltendenciesちゃんが元気にいてくれますようにゆうて毎朝仏壇の前で祈っとるんやで」と言ってくれて、
私はやっと、祖母が私を愛してくれていることに気づきました。
今まで叔母の家族や祖母(祖母と叔母の家族は同居しています)は私のことを陰で嘲笑しているんじゃないかと思ってました。
「あんなのうちの親戚じゃない。つまみ出せ」
「母子家庭だから頭も性格も悪いのね」とか。
「恥さらし。母親と同じように自殺すればいいのに」とか。
そう思われてると思っていました。
しかし祖母のアドバイスは驚くほど的確で、霊能者なんじゃないかと思いました。
去年あったきりだったのに。
すごい人だなあと思いました。
私のために祈ってくれる人がいたなんて思いもよりませんでした。
私は忘れられたとずっと思っていたけど、
祖母は私を覚えていてくれた。
大叔母さんでさえ私を年賀状の一枚の写真から覚えていてくれた。
今日は父親と話しても埒が開かなかったところを、
祖母が的確なアドバイスで私を励ましてくれました。
もう今学期ダメそうだったら、今学期から休学しようと思います。
今学期いけそうだったら来年からは絶対に休学します。
きついことはしなくていい。
むしろきつい道を選んできたからこんなひどいことになったんだ。
簡単な道を選ぼう。
そっちの方がうまくいく。
もういつかは休まなきゃいけないってわかってるんだ。
一年でも2年でも何年でも精神病院に自主入院してたっていい。
一生いたっていい。
鬱になれば生活保護受けられるし。
ニートやってて幸せなら、それを続けたらいい。
もう何もする必要ない。
いつでも休学していい。もう一生大学行きたくなければ退学すればいい。
一生働きたくなければ働かないでいい。
父親と縁を切りたければそうすればいい。
会いたくなければ会わなくていい。
復縁だって可能だから。
父親は不器用な人だから。
私が元気に楽しく暮らしていれば、それが家族や親戚にとって一番嬉しいこと。
自殺するより、生きていてくれた方がいいと、
そう言ってくれた人は初めてな気がします。
もしかしたら言ってくれてたのかも知れないけど、私には聞こえなかった。
みんな悪意を持っていると思っていた。
表面上では優しくても、陰で「死ねばいい」「無様なやつ」
「生きてるだけ無駄」
「地球の限りある資源を食いつぶしているのが許せない」
「無能のくせに飲み食いしやがって」
などと陰口を言っているだろうと。
私は自分で自分を罵倒しているとは思っていなくて、
他人は私についてこう思っているだろうなあという確信という形で罵倒が現れます。
でも祖母は全く私のことを罵倒していなさそうでした。
私のためを思って毎朝祈っているなんて、そんなに具体的な嘘つけませんよね。
せいぜい「元気にしてたらいいなと思っていた」ぐらいの嘘が関の山です。
私は初めて、誰かの愛を信じることができたような気がします。
私は同情に値しない人間だと、
愛に値しない人間だとずっと信じていたので。
これからも多分長い間は信じられないと思います。
でも、池に石が投じられたみたいに、
私はとりあえず祖母の言葉だけは受け入れることができました。
それだけでも、よかったと思います。
今日はボロボロボロボロ泣きました。
涙が枯れないのがびっくりするぐらいたくさん涙を流しました。
でも一人で泣くより、祖母と父親と一緒に泣いた方が、気分がよかったです。
父親には「自分に対する罵倒をやめて、開き直ることが大事」
「頭が悪いのはバカに生んだ親の責任。お前のせいじゃない」と言われました。
しかし父親も言葉が不自由ですよね。
祖母が私から適度な距離を持っていたから言葉が響いたということもあるでしょうが。
私が元気で幸せでいるのが祖母や父の幸せ。
私が不幸なのは親類にとっても不利益です。
卒論書けなくたっていい。
私はどうせ頭悪いんだから。
それを受け入れないと。
世界は私にできないことをやれと言っているわけじゃない。
私に元気になって幸せになってねと言っている。
いろんなものの徒労感・義務感がなくなれば、世界も違って見えるはずです。
義務なんてない。
何もしないでいい。
授業なんて好きな時にサボればいい。
先生なんて失望させとけばいい。
私は先生の期待に応えるために生きてるわけじゃない。
無能でもいい。
地球の有限な資源を食い荒らす蛆虫でいい。
それでも生きていてほしいと、思ってくれてる人がいる。
その人たちのために生きてるわけじゃないけど、
自殺しなくても、「簡単な道」はいつだってある。
もっと楽な選択はある。
おめでたく毎日蛆虫なりに生きて、
無能なりに飲み食いして、
毎日ヘラヘラ学校にも行かず、仕事もせず、
ただ座ってるだけで「生きててくれてありがとう」と言われるなら、
そっちの方が簡単なんじゃないかな。
将来なんか考えず、動物みたいにやれることをやって、
好きなことをして、
適当に遊んで、
金をせびって、
親戚や福祉に見放されたらその時考える。
将来を考えて自殺しそうになるんだったらもう将来なんて考える必要ない。
そんな将来考えない方がいい。
私がただ生きているだけで、祖母も父も幸せ。