母親を自死で亡くした私のブログ

母親から精神的虐待を長年にわたり受け続けた娘の日記です。母親は2017年5月に自死しました。

死ぬ権利

今日は四日ぶりにシャワーに入りました。
最後に入ったのが月曜日。
精神科医の先生に会いに行った日です。
今日はシャワーに入ってて、ズドーンと絶望感が来ることはありませんでしたが、
論理的に考えてやはり自殺しかないと思いました。
なぜかというと、
今後一生中途半端に希望を抱えて、報われない努力をし続けなければいけないのが苦痛だからです。
なら努力をせずに生きて行けばいいじゃないかと思う方もいらっしゃると思います。
しかし私は何かをしてないと落ち着かないんです。
上を目指してないと落ち着かないんです。
怖いんです。
ザワザワするんです。
私はそういう種類の動物なんです。
正直言って卒業後の人生(もしくは卒業できなかった場合中退後の人生)が怖いです。
就職すればいいんでしょうか。
就職もなんだか嫌だな。
大手企業に入ったところで出世できないのは目に見えてます(社内政治がうまくないからです)。
零細企業がいいなあ。
社員10人ぐらいのところ。
なおかつ雰囲気が悪くないところ。
探せばあるとは思います。
しかしオフィスっていうのはなんであんなにつまらないところなんでしょうかね。
机とパソコンが置いてあるだけで。
常に目の隅に見たくもない人間がちらつく。
授業みたいに好きなところに座っていいわけじゃない。
私は某大手企業でみた無限に広がるあのくたびれたオフィス・スペース、
あれがひどく絶望的に思えたのです。
私がバイトで2ヶ月間働いていたオフィスは、雑居ビルの狭い一室でしたが、
そこはなぜか、いい印象が残っています。
やっぱり人ですね。
人とやりがい。
あと有償無償の違いは大きいですね。
私が唯一応募してもいいかな、と思ってる会社は、
人事が馴れ馴れしいんですよね。
フレンドリーさを心がけているんでしょうか。
それがいいことなのか、悪いことなのかはわかりません。
しかし私はもっと、距離を持ってくれる所の方が好きです。
その会社はサイトに新入社員のビデオなどをアップロードしてますが、
見た感じノリが合わないかも?と思ってます。
なのでちょっと躊躇してます。
でも工場の見学にはちょっと行ってみたい。
しかしESに質問が多すぎて、答える気力をなくします。
グループ討論もあるところもちょっと嫌です。
スーツ着るのも馬鹿らしい。
気が向かないことはやらないでいい。
そういう人間は多いですよ。
最近からくりテレビの過去の替え歌をYouTubeでよく見てるんですが、
なんだか心の支えになりますね。
参加者のダメダメぶりが。
全日制の高校に全て不合格で定時制に行った人とか。
浮気がバレた人とか。
毎回酒気を帯びて替え歌を歌いに来る人とか。
下ネタばっかり歌にするおじさんとか。
全員実名で全国テレビでやっちゃうんだからすごいですよね。
今ではもうやれないと思いますね。良くも悪くも。
一般人中心型番組とかは今は見るからにやらせばっかりです。
からくりテレビの替え歌のような強烈さはなかなか見ない気がします。
テレビがクリーンになってしまった。
クレヨンしんちゃんにさえ検閲が入るようになって。
NHKでは最近やたらと発達障害について取り上げられるようになったけど、
普通の人間の人生の幅の余裕というか、遊びが、
あまりテレビで認められなくなった気がする。
気のせいかな。
実家に帰った時しかテレビを見ない私は本当は何も言う資格ないんですけど。
しかし私の現在の東京や、テレビに関して思うことは同じです。
のっぺりしていて、変にこぎれいで、味気ない。
どこか希望のない、
やつれた感じ。
疲弊した感じがする。
デジタルの普及も味気なさに貢献していると思う。
でもデジタルはもはやどこに行っても避けられない。
レイブラッドベリでさえも、「もう機械が多すぎだ。減らすべきだ」と晩年言っていたみたいですね。
私には「現在」が受け入れられないのでしょうか。
「現在」が受け入れられない口実を探しているだけでしょうか。
トラウマの本を読んでいますが、患者は「二つの時計」を自分の中にもつと言います。
ずっと絶え間なく進んでいく時計。
トラウマの時から止まって動かない時計。
私は、この絶え間なく進んでいく時間が、恐ろしくてたまらないのです。
私はこれからもう前へ進めないのに。
私の望むことはただ一つ、
幸せだった過去(〜3歳ぐらいまで)に戻ること。
しかしそんなことは無理だ。
世界のどこを探しても、「過去」に戻れる場所なんてない。
私の生きている間にタイムトラベル発明されないかな。
私は、もう何もできない。
私は何もできず、
ただ死んでいくだけ。
だったら早く苦しみなく安楽死したい。
dignitasのサイトから関連のある箇所を引用してみました。

Q: I suffer from a mental illness and/or psychological problems. Can DIGNITAS arrange an accompanied suicide for me?

A: This is very difficult, a lengthy and complex proceeding with many obstacles and there is no guarantee to receive the “provisional green light” for an accompanied suicide. It depends much on the quality of the medical file: clear diagnosis of the illness, description of its cause and development, proof of all therapies tried (with or without success) plus an in-depth psychiatric appraisal concerning the capacity of judgement and discernment in regard of the wish for a self-determined end of life, also confirming that this wish is not a symptom of the psychiatric illness but a well-considered balance decision.



うーん。
精神病ならその明確な診断、その原因と発展の説明、
施行された全ての治療(成功の有無を問わず)の証明、
自殺願望が精神病の症状でなく、
よく考慮されバランスのとれた決断であることが条件だそうです。
でもこんなの私の先生は絶対提出してくれませんね。
私を死なせたくないそうなので。
しかし自殺願望が精神病の症状でなかったらなんなんでしょうか。
よく考慮されバランスのとれた決断ってなんでしょうか。
そんなものそもそも存在するのでしょうか。
でも重度のうつ病で20代でこの団体で自殺扶助を受けた女性がいます。
その動画を私は前見ました。
自殺扶助が認められているベルギーでも、
精神疾患による自殺扶助は全体の3%ほどだと言います。
医師3人の同意が必要だそうです。
でも、これから数は増えると思います。
「死ぬ権利」っていうのが今後の新たな権利だと思いますね。
安楽死のためなら、
有り金全部払います。
家族や友人に囲まれて、早く苦痛なしに死ねるなら、
私はもうそれ以上は望みません。
死にたい人に死ぬことを許さない社会の方が不健全な気もしますけどね。
「俺だって辛いけど生きてるんだ、お前も我慢しろ」みたいなロジックが通用しなくなる時がくると思います。
「辛い人はみんな死んでいいよ」となれば、誰も我慢する必要なくなるわけです。
北朝鮮とか、外国人向けに安楽死事業始めたらどうでしょうか。
ガス室で。
さすがに信用できないか。
スイスだからdignitasは信用できるんですね。
安楽死に関してはスイス・ベルギー・オランダにかけるしかありませんね。
辛い人がみんな死んで、
それで社会が回らなくなるんだったら、
社会の秩序は人々の辛い思いで成り立っていたことが判明しますよね。
そんな社会、ない方がいいと思います。
私の理想の世界は全員が平和的に自殺できる世界。
もう誰も子供を産まず、全員幸せに死んでいける世界。
しかし子供を産む人の考えがどうしても理解できません。
その子が「死にたい」って言い出したらどうするのか。
はいそうですかと死なせてやれるわけでもないのに。