母親を自死で亡くした私のブログ

母親から精神的虐待を長年にわたり受け続けた娘の日記です。母親は2017年5月に自死しました。

デート

昨日は例のデートがありました。
大学3年生、私と同学年の男の子です。
理系の大学に通っているそうです。
実はメル友から始まり、通話はしたことがありましたが、
お互いの顔は知りませんでした。
彼はスポーツが好きらしく、細身の好青年という感じでした。
彼はなんだか私のことをとっても気に入ってくれたみたいで、
来週にまた会うことになりました。
彼が自転車を引きながら、一緒に街を歩きました。
なんか学生らしくていいなあと思いました。
私は同年代の人にはどうせ受け入れてもらえないだろうと思っていた節もあり、
今まで年上の人と付き合って来ました。
付き合って来た人との年の差は最少で5歳とかです。
なので同学年の人に好かれることが可能だとわかっただけで驚いています。
一応スカートで臨んだのですが、
「今度はもっとフリフリの服を着たところを見てみたい」と言われました。
初対面なのによく言うなあと思いました。
しかしこういうことを言われるのは実は2回目です。
元彼にもそういうリクエストをされました。
私は肩幅が広いので、
そんな少女趣味の服を着たら逆にゴツく見えるだけだと思うのですが、
男性は気にならないんですかね。
男性ってかわいい服を見るのが好きなんでしょうかね。
今度は外でデートの予定なのでどのみちスカートは寒すぎて無理ですが。
しかしやっぱり恋愛、そして恋愛の可能性っていうのはなんだかいいですね。
今回は公園やカフェで少し話しましたが、
なんか彼が自分の孫のように思えてきて、
「私みたいなおばあちゃんの話に耳を傾けてくれるなんていい子だなあ」とか思ってました。
実際は同い年、というか彼のほうが生まれは早いんですけどね。
なんだか自分のことを年寄りだと私は感じているみたいです。


ブログでは鬱々としている私ですが、
明るく振舞うことには慣れてます。
なので男性と付き合う時も最初のうちは「明るくてまっすぐな人」と好意的に捉えられることが多いです。
明るく話してる時って自分も楽しいんですよね。
演じてる感じじゃなくて、
明るい自分を引き出せるというか。
今までの問題をすーっと上塗りできて、
何事もなく順風満帆な人生を歩んでいるような、
そんな幸せな錯覚をおぼえる。
家で鬱々としてるぶん外では生き生きしてます。
私ってそのために男性と付き合ってるのかもしれないですね。
お相手その人自体を好きになるわけじゃなくて、
その人と一緒にいる自分が好き。
根本的にナルシストですね。
だから別れてもあんまりへこみません。
特定の男性に執着もしません。
相手はいくらでもいる。
私を好きになってくれる人はいくらだっている。
でも今若いからって調子に乗ってたって、
10年後には誰にも見向きもされません。
まあ子供を産まないならそれでも構いませんが。
でも結婚はしてみたいと思うんですよね。
もしこの男の子と付き合うことになったら、
長持ちさせたいなあ。
今まで数ヶ月で別れてばっかだったので、
今度は1年とか行けたらいいなあと思います。
誰かと付き合い始めると、その人と将来結婚するかも?とか思って、
その人の苗字のついた私の名前を想像しちゃったりしてます。
どうせ数ヶ月で別れるんですけどね。
家族ごっこをしてみたい願望が頭をもたげます。
子供はごめんですがね。
数年とか数十年とか寄り添うカップルってどんな心境なんだろう。
お互いのことがずっと好きでいられるんでしょうか。
昔恋愛感情で結婚した人と家族として付き合えるんでしょうか。
やっぱりお互いの相性ですかね。
一緒にいても苦にならないとか。
張り合う感じがないとか。
協力しあえるとか。
そういうのがいいですよね。
でも子供が欲しい人だと、私が希望に応えられないので、無理ですね。
でも一人で渋いおばさん、おばあさんになっていくのもそれはそれでありだと思います。
孤独に耐えることができれば。
スナックのママにでもなればいいかもしれませんね。
そうすれば寂しくないから。
私は小さい頃周りの子と比べて太っていると思ってましたが、
歳をとってスタイルがいいと言われるようになりました。
それと同じように、
私の若さには荷の重い、陰のさした人生観も、
年相応になる時がくるかもしれません。
時が解決してくれるものも、あるのかもしれない。
時が過ぎるのは、もしかしたら、
ある種の救いかもしれない。