母親を自死で亡くした私のブログ

母親から精神的虐待を長年にわたり受け続けた娘の日記です。母親は2017年5月に自死しました。

風邪

今日も朝食を食べた後に4時間ほど寝てしまいました。
足が痛いので、もしかしたら寝すぎで痛いのかと思い、
外に買い物に出かけましたが、なんかあの風邪の時独特の味が口の中にして、
足が疲れるし頭が痛いし鼻が垂れるし、
活動限界が近いな…と思いながらレジに進み、会計をして家に帰りました。
今日は久しぶりにアイスを食べました。
風邪の時はアイス。
熱を測ったら、昨日36度台だったのが37度台になってました。
でも咳は昨日ほどはひどくないし、鼻がつまってるわけじゃない。
多分ただの風邪ですね。
昨日はちょっと無理しすぎたな。
無理したから悪化したのかな。
祖母から電話がかかってきました。
クリスマスのプレゼントやケーキを買ってあるから、実家に来れれば来てくれとのことでした。
私は自分が風邪で床に臥せっていることを説明しましたが、それでも行けそうだったら行くと伝えました。
ありがたかったですね。祖母が電話かけてくれて。
「電話するな」と言った以来電話が来なくなったので、こちらから電話して謝らないといけないかなと思っていたところでした。
やっぱり祖母にも感謝だな。
風邪だけど、インフルほど辛くはないです。
でも風邪って案外休日のいい過ごし方だと思います。
寝てても罪悪感を感じないし。
何もしなくても仕方がないと思えるし。
買い物にいく程度でもすごく世界観がドラマチック。
卒論は全然進んでませんが、他の宿題はある程度終わってます。
食料品をいっぱい買って来ましたが、ヨーグルトと果物とパンぐらいしか食べてません。
もしかして私は買い物中毒?
食費と同じぐらい衣服に金を使ってたら私オシャレになれるのにな。
まあ、オシャレしたって見てくれる人いないんだけどね。
いつもピンクレディの衣装並みに膝丈の短い服を着ている先輩を見ると、彼女のインセンティブはなんなんだろうといつも不思議に思う。
誰も見ないじゃん。
片田舎で寒い中足を出したって誰も感謝しない。
いや、学校で知らない人にちらっと見られるのが快感なのか。
そういう趣味なのか。
あの先輩なら不思議じゃない。
私は自分の知らない人に「セクシー」と思われたくないから、祖母の買ってきた百円の服(子供用)を着てるんだな。
これはこれで問題だけど。
でも考えてみると結構もらいもんで私は生活してますね。
腕時計も祖母からもらったものだし、カバンも父からの贈り物。
今室内で着ている服も母と祖母からもらったもの。
布団も祖母からもらったもの。
机も元彼がくれたもの。
手袋も友人の母が編んでくれた。
コートはほとんど全部母親のお下がり。
ファッションが嫌いなんじゃなくて、買い物が嫌いなんだ。
なんか、服屋を見に行っても「ついていけない」という感じがして困ります。
祖母が「服を買ってやる」と言った時、私は苦痛で苦痛で仕方ありませんでした。
通販をもっと駆使すべきなのかも。
でも靴は実際に手にとってみないとはき心地がわからないから、店頭に向かうしかないというジレンマ。
通販で買った服は、自分のセンスが悪いのか、キャバクラ嬢の服みたいで普通には着ていけない感じです。
今度あの皮膚科医に会う時にジョークで着て行こうかな。
でも変な勘違いされたら困るしな。
若いうちは性産業で稼げるとよく言われるけど、
私はそこまで金に執着がないんですよね。
大学の学費もマックスで一年52万だし。
月4、5万稼げれば自分で払える範囲内です。
借金もないし。
私学に行ってれば世界は私に優しくしてくれただろうにと私は思いますが、
それなら世界に優しくしてもらうために金を払うのかという問題です。
どうせ周りが優しい世界でも辛いことはあるでしょう。
辛さは言ってみれば不可避です。
不可避を避けようとするためにわざわざ年に100万以上も払うのかと。
厳しい言い方をすれば、ぬるま湯に浸かるためにわざわざ大枚を叩くのかと。
この考え方、父親譲りですね。
感情と金を引き換えにできるかと言ったら微妙ですが、
少なくとも直接的に向精神薬等に金を払った方がよっぽど生産的で低コストだと思いますね。
あいつらが遊んでる中私は向精神薬を飲んで辛い思いをしている…
なんて思ってますが、
あいつらが実際に遊んでるのか、また遊んでいた場合4年で卒業できるのか、そして卒業して就職してから幸せな人生を歩めるのかは、わかりません。
これに関しては私もわかりませんが。
私は遊ぶのそもそも好きじゃないですからね。
友達もあまりできないし。
私学に行っていたら遊ぶの好きになって友達もたくさんできていたのかな。
普通に就職して幸せな人生を歩めていたのかな。
ちょっと考えにくいですね。
私のこの性質は高校の時からありましたからね。
まあ、結局はどんな状況も性格が問題だ。
私は不都合な性格で苦しんでるんだ。
どこにいてもそれは変わらない。
性格はもう決まってるようなもんだから、仕方がない。
でもこんな私でも好きになってくれる人がいるんです。
私に世話を焼いてくれる人がいるんです。
世の中って不思議ですね。
私みたいな不都合な人間は世の中に柔軟性をもたらすために生きている。
民主主義には不都合な意見を言う奴はつきもの。
マジョリティがいればマイノリティがいる。
メインストリームがあればオルタナティブがある。
在日外国人も私生児も公害被害者もみんな日本の法律を変えてきた。
秋葉原の歩行者天国に突っ込んだ彼も法律を改定させたんじゃなかったっけ。
そうやって「不都合な人間」は日本社会で声をあげて居場所を獲得してきた。
それだけ世の中が柔軟になったということ。
柔軟で共感的な世界のために私みたいな人間がいる。
だから隅っこに追いやられてる人間でも自信持っていいはずだ。
「私の存在によって世の中が柔軟で共感的になっていくんだぞ、お前ら感謝しろ」
これぐらい言っていいと思います。
テロ行為って実際有効なんですよね。
それによって法律改正ってされること多いですからね。
平和的に言論をもってアクションを起こすことは大事だとは思いますが。
街中どこでも流れているクリスマスソング。
フランスじゃありえませんね。
フランス共和主義では公共の場で宗教をアピールしてはいけないことになってますから。
フランスだったら、「お前、こんな音楽を流して私をキリスト教に改宗させようとしているのか。許さんぞ!」と訴えれば確実に勝てます。
そういう風潮がないことが日本人がいかにクリスマスの本質に興味がないかがわかりますね。
ただの自己満。
ケーキ屋が儲かったり消費が盛んになるならそれに越したことはないけど。
でもあんまりクリスマスムードってのはないですね。
学校のクラスメイトはみんなバイトを入れているそうです。
私はこれ、結構イルミネーションのLED化と関係あると思うんですよね。
LED以前はもっとやわらかで綺麗なオレンジ色の光だった。
街が自然と温かく見えた。
心が弾んだ。
でも今はLEDの光が、なんかありがたみのない感じがする。
冷たい感じ。
無理に盛り上げようとしてるわざとらしい感じ。
海外のクリスマス、行ってみたいな。
海外じゃLEDなんてイルミネーションに使わないと思います。
信号機で十分。