母親を自死で亡くした私のブログ

母親から精神的虐待を長年にわたり受け続けた娘の日記です。母親は2017年5月に自死しました。

マイルドな若者

『ヤンキー経済 消費の主役・新保守層の正体』原田曜平さんライブトーク@ふらっとすぽっと【super wakuwaku live talk】 - ニコニコ動画
マイルドヤンキーに関する原田の本が読めないので、代わりに彼のトークを聞いてみました。
しかし彼が言っていた、「層を問わず若者がマイルドになっている」ということは的をえていると思います。
私が経営共創基盤のグループワークに行った時も、
東大の奴とかで同い年の奴らは、マイルドな感じがしました。
普通の優しい子みたいな。
他人を蹴落としてやるぞという感じは露骨ではなかった。
東大の院生は露骨でしたが。
もちろん嫌がらせ行為とかはありませんでしたけどね。
ただ、東大生でもあまりとがってないというか、
「俺は偉いんだザマアミロ」みたいな態度じゃなくて、あくまで普通の子という感じがしました。
私はちょっと拍子抜けしましたね。
こういうコンサルとかはハングリー精神のある若者が来るんだろうとちょっと楽しみにしてたところもあったので。
やっぱりマイルド化してるんだな、若者。
ソーシャルメディアとかで他人の目線を気にしないといけなくなるし、
ホリエモンが逮捕されたこともあって、ビッグマウスする若者がいなくなった。
例外としてはあの灘高出身の太った男とか(名前は失念しました)。
でも彼ももう話題に上がらなくなりましたね。
もし尖った人間を探したいんだったら、ソーシャルメディアをやっていない人間から探さないとダメですね。
私はブログではかなりラディカルなこと言ってるので、ツイッターとかでやったらたとえ友達が0でも炎上するかもしれません。
長文をかけるというメリットもありますけどね。
しかしむしろ私は炎上を狙い、ツイッターで書くべきなんでしょうか。
「なんで大衆向けに140文字以内で書いてやらなきゃいけないんだ」っていう疑問が拭えないので、私はブログで書くことにします。
しかしツイッターって嫌じゃないのかな。
私は日本式記述テストでも、文字数が指定されていることに違和感を覚えてきました。
何字以上ならわかるけど、何字以内という制限の意味がわかりません。
なぜそこまでしか書いちゃいけないのか。
最初は非常に大きな違和感を感じていました。
中学までのテストはただ横線の紙を何枚か配られてそれにバーっと書くだけで、指定は何もありませんでしたから。

この人たちは140文字で思考をまとめなきゃいけないということに脅威をおぼえないのかな。
効率よく書くことが求められてるのかもしれないけどさ、
自分の書きたいように書くのが一番じゃん。
ツイッターのユーザーは140文字で本当に満足なのか。
私は長ったらしく脱線しながら雑文を書いてますが、
あとで読んでみると無駄な部分も「あーあったなー」と振り返る手がかりになったりします。
そういうのなくていいのかな。
それともユーザーからしたら140文字って大した制限じゃなくて、
単に区切りという観点からみているのか。
私はちょっとわかりません。