母親を自死で亡くした私のブログ

母親から精神的虐待を長年にわたり受け続けた娘の日記です。母親は2017年5月に自死しました。

終末論的世界観

昨晩父と食事をしました。
「私は今までしてきた努力を考えると見返りが少なすぎる。だから世界に復讐するために無差別殺人をやらないといけない」と話しました。
色々あーでもないこうでもないと話しましたが、父は最後にこう言いました。
「実際に見返りはあるんじゃないのか。先生たちがお前の実力を認めているから、ゼミに来なくていいと言ってくれたり、みんなの前で謝罪して態度を改めてくれたりするんだろう。実力がない奴にはそんなことしない」
私はなるほどなと思いました。
昨日はゼミの先生に対する怒りが再び込み上がって来て、
私は未だに先生のこと許せてないみたいです。
英語で書いた卒論、先生まともに読めるのか。
まともに読めてなさそうだったら私はまたこいつを叱り飛ばさないといけないと思います。
「お前、うちの学生が英語力低いって言うくせに自分でも英語できてないじゃないか。勉強足りねえのはお前の方だろう」と。
いやー、ここまで先生に対して怒りを抱いたことは小中高と通してなかったです。
この先生のゼミがいいと思って入ったわけですから、それが裏切られた時のショックは並々ではありませんでした。
しかも私ゼミで明らかに一番優秀な人間ですからね。
一番優秀な人間に「お前はプロ失格」と言われるのは先生にとってもショックだったろうなあ。
学生の私としては、彼を辱めるためにできることはもっとあったと思います。
教員全員のメールアドレスが生徒たちには開示されているので、
学長や学部長含め全員にCCで「〇〇教授がこの大学を辞めたいそうです。新たなポストを探すのを手伝ってあげてください」と送って、同僚の不信感を煽るとか。
考えてみると大学の先生って危うい立場ですね。
何も失うものがない学生に何されるかなんてわからない。
パワハラはあっても、教授が「生徒からハラスメントを受けている」なんて言えないでしょう。
いくら生徒が成人していても。
絶対教授になんらかの非があると考えられますよね。
先生、学生を敵に回したら怖いことになることを十分にわかってるんでしょうか。
わかってるから陳謝して行動を改めたんでしょうね。
私は失うものありませんからね。
学部生ってほぼ無条件で入ってきたチンパンジーみたいなもんだからな。
何しても責任を問えない。
この教授をクビにしたところで大学は三流より上に這い上がれるのか微妙だけどね。
もし殺人をするとしたら古ぼけた教員をいっぱい殺して新しいポストを創出してやったほうが国のためにも博士課程の学生のためにもなるな。
当時は私が疲弊していて、学部の執行部との面談もできなかったけど、年が明けたらやったほうがいいのかな。
先生に対する制裁を求めるべきか。
今からゼミ移るのも大変だしな、卒論英語で見てくれるところ他にあるのか微妙だし。
うーん。
こんなトラブルがあるなんて私思ってもみなかった。
大学に入ったら勉強だけやってればいいものと思っていた。
本当は先生に対してクレームをつける必要性がない世界で生きたかった。


クレーマーの哀愁。
完璧でない世界に対する怒り。
私みたいな人間は傍若無人なわけじゃなくて、世界に対して有り余る怒りを抱えて、もう黙ってるわけにはいかないと思っているだけ。
むしろ黙っていられる奴らの方がまだタフ。


「私は失い続け、負け続けている。これからも周りの人間にバカにされて後ろ指を指されて生きていくだけだ」と私は思ってますが、
実際は失い続けているわけじゃないと父は言いました。
他の先生にも期末課題を提出する代わりに卒論をみてもらえることになったし。
私の実力を認めてもらえているということなのかな。
バカにはされていないことは確か。
ゼミの先生も私の言ったことを聞き入れてくれたし。
先生ー生徒という関係よりも、個人と個人の付き合いという感じがする。
高校まではほぼ無条件に先生を尊敬してきたけど。
でも私にはやっぱりパワーがあると思う。
劣等感。底力。
こういうパワーのある人間ってなかなかいないと思う。
今まで会ってきた中で一人たりとも、「こいつすげえな」と思える奴はいなかった。
能力の高い奴はいても。
今は若者がマイルドな時代だから仕方ないのかもしれない。
強烈な人間ってもうあんまりいないのかもね。
私は今まで北斗の拳とか巨人の星みたいな世界観でやってきた。
でも周りの生徒でそんな感覚で生きてきた奴はいなかった。
私みたいに危機感持ってる奴はどこにもいなかった。
私がおかしいのか。
母親が危機感持ってたから私にうつったのか。
世界は敵でいっぱいであり、自分で自分の居場所を確保しにいかなければならない。
そういう価値観が小学校で生成された。
友達がどうしてもできなかった小学校時代。
でもああいう時代があるから今の自分がいる。
留学先では首を吊る木を寮の敷地内に探し回った。
他の窓から死角になる場所はどこだろうと探し回った。
首を吊ろうとしたけど、木の枝が折れてダメだった。
ちょっと私、ありえないレベルで生きてない?
もはや超現実的なレベルで世界は敵だと思い込んでいる。
存在しない戦線を地図の上で動かしている。
戦争は終わったのに。
自分を客観視するとちょっと狂人っぽいところがある気がする。
しかし他の人と話すときは正常に振る舞うから、精神科医すらも私の世界観を理解できてないと思う。
そうか、だから現在の東京が薄っぺらく見えるのか。
こざっぱりしてて無難な感じ。
私の世紀末的な世界観に反してる。
今の若者のムードにはマッチしてるんだろうけど。
そうか、私の性格って「終末論的」だな。
これから世界が私に襲いかかってくる、恐ろしいことが起こる、という確信のようなものがある。
だから恐ろしいことが起こるのを回避するために用心深く努力してきた。
それで周りに追いつき、追い越してきた。
でも今は今まで以上に心配で、ついにはもうやられる前に先制攻撃として無差別殺人をしようかという段階まできている。
でも私の友人や恋人にこれは果たして理解されたんだろうか。
他の人間といると、他の人間の平和な価値観を共有できて自分も平和な気持ちになれる。
他人といるとき私は初めて自分から解放されるというか、
だから他人って大事なんだな。
同時に他人に自分を理解してもらうことはほぼ不可能だろう。
根拠のない終末論に突き動かされて努力するタイプ。
恐ろしい場所である社会に対して恨みを蓄積させ、あるとき爆発する。
「社会はお前を取って食ったりしない」
「周りの人間はお前をバカにしたりしない」
そう本気で信じられたらいいのにね。
いくら周りの人間がマイルドでも、そいつらの裏側には昭和的な陰湿さが隠れていて私を陰で笑ってるんじゃないか、
全員で嫌がらせされるんじゃないか、
みたいな懸念が消えない。
集団で嫌がらせなんてされたことないのに。
戦争が終わったことにも気づかず未だにサイパンの山奥で潜伏してる兵隊みたいだな。
でもこんな性格でよく今までやってこれたな。
人に好かれたいと思うから、男や友人にはいい顔をする。
電車の中ではガンの飛ばし合いをしていても。
特に男に好かれると認められたような気分になるので、なるべく相手を楽しませるようにしてきた。
小中高と全く男に好かれなかった私。
でも今はもう何人か忘れるぐらいの人数と付き合ってきた。
条件は外見が好みで金持ちで気が合って優しいこと。
こんな厳しい条件でも案外、見つかる。
インターネットは私に計り知れないほどのチャンスを与えてくれた。
しかし全員と別れてきたな。私のせいで。
もったいないと思う。
みんな申し分ない人たちだったのに。
でも別れた理由は、なんだったんだろう。
相手の薄っぺらさに幻滅するから。
自分のことは理解してもらえないとわかるから。
同時に私なんかでいいんだろうかと、他にもっといい女がいるんじゃないかと疑い始める。
これは私以上に強烈な人間を探さないとダメかもね。