母親を自死で亡くした私のブログ

母親から精神的虐待を長年にわたり受け続けた娘の日記です。母親は2017年5月に自死しました。

いちごはいちご

おかあさんといっしょの歌です。

いちご視点からの歌で、

将来何になろうと考えます。

いちごはショートケーキの上のいちごになりたいと考えます。

でも彼女を待っていたのは大きなお鍋でした。

彼女は砂糖と一緒に煮込まれ、ジャムになります。

「ショートケーキもいいけれど 

私ジャムなのジャムになったの」

という歌詞です。

なんかこれを今聞くと、やるせない気分になります。

トップを目指しても、結局は大勢いる中の一人に過ぎず、代替性のある部品にしかなれなかったと、

そういう歌にしか私には聞こえません。

オンリーワンなんて存在しなくて、あるのはトップ1%とその他。

まさしく『世界に一つだけの花』のアンチテーゼですね。

最近この歌を口ずさむことが多くなりました。

追い詰められてるんだと思います。


是枝監督の万引き家族で一番印象に残ったシーンは、セミの幼虫が木を登って行くところを子供たちが応援するシーンと、終盤で警察が子供たちに家族の悪口を吹聴し、精神的にひきはなそうとする、絆を壊そうとするシーンです。

もちろん、リフレで涙する男性も力強いシーンですが、この映画ではあの女子高生があまりにも優しく寛容で、男性にとって都合のいい女性像としか描かれていなかったと感じました。

セミの幼虫が登って行くところを二人で「がんばれ」と応援するりんと祥太。

無条件に命を肯定できるのってすごく力強いですよね。

子供にしかできないことなんじゃないかと思います。

私が精神病院にいた時も、先生とお散歩に行った時同じようにセミの幼虫が登って行くところを二人で見たんです。

でも私は応援はできませんでした。

生きてても死んでても同じなのにねって思ってしまって。

あと最後の警察の取り調べのシーンは個人的にはすごくずどーんときました。

警察のいやなところをとてもよく描写していて寒気がしました。

本当嫌な奴らなんですよね、警察ってのは。

家族を引き離そうとする。

取り調べのためには人の精神なんて何も考えちゃいない。

でも祥太がフランキーに離別後会いに行くときはパワフルでしたね。

警察など他の人のいうことではなく、ただ自分の中の愛を信じるということ。

自分ができなかったことなだけに余計グサリときました。

最後なぜ祥太が走って追いかけるフランキーを無視したのかわからないですが…

というわけでこんな感じです。

非人道的な「正義」と、まともな良心を持った「犯罪者」たち。

少し対比がわかりやすすぎる気もしますが、一番強いコントラストはこれだったんじゃないかと思います。

みなさんはどう思いましたか?

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