母親を自死で亡くした私のブログ

母親から精神的虐待を長年にわたり受け続けた娘の日記です。母親は2017年5月に自死しました。

全てが辛い

昨日は熱帯夜というか、友人宅の部屋がめちゃくちゃ暑かったので、
満足にねれませんでした。
友人の家族はぐっすり寝てましたが。
おかげで寝不足です。
寝不足で昨日の心の痛みが、まだ残っています。
まだ心が痛みます。
犯罪者扱いされた痛みが。
あまりにも苦しいので、それが口をついて公共の場でも独り言のように出てしまいます。
トゥレット症候群ってこんな感じなのかなと思います。
誰も私の味方になってくれない。
辛くて辛くて、仕方ありません。
私は、犯罪者じゃありません。
傷つけば血が出る、涙の出る人間なんです。
私を悪者にしないでください。
私を悪者にしないでください。
私を悪者にしないでください。
私は人間なんです。
自殺未遂を二回した、心の弱い人間なんです。
命を捨てたいとなんども思った人間なんです。
この腐った人生から自由になりたいと、これからもずっと願い続ける人間なんです。


お母さんが欲しい。
私を「おおよしよし」と慰めてくれるお母さんが欲しい。
でもそんな願望は甘ったれなんです。
そんな甘えたことをなんで言えるのか。恥知らずめ、と心のどこかがつぶやいてます。
お前の母親は死んだんだ。お前が殺したんだ。
お母さんが欲しいなんてそんな甘ったれたこと口が裂けても言うんじゃない。
全部お前が悪いんだ。
当然の報いだ。
私の実の母親はこういう風に言うでしょうね。もし生きてたら。
なので実際には恋しく思う母親も私にはいませんでした。
実母を恋しく思えないのです。
ただ、一般的な「母親」のイメージが恋しいだけなのです。
でも母親は唯一無二の存在で、誰も代わりなんてやってくれません。特に成人してからは。
友人の母もすごく頑張ってくれてますが、やっぱりその人は私の母の代わりを務めることはできません。
あくまで他人なんです。
私は彼女にとってお客さんだし、
彼女は私にとってお世話になってる目上の人でしかない。
彼女は、私の母親が自殺したことを知ってから随分よくしてくれました。
でも私のこの寂しさが癒えることはないのです。
私は傷つくのが嫌なので、私の寂しさを癒してくれない人はバッサリと切り捨てたいんです。
だから、本当は友人のお母さんとも関わりたくありません。
父親とも関わりたくありません。
極論を言えば誰とも関わりたくありません。
あまりにも心が苦しくて。空虚で。
寂しい心を抱えて、
涙を拭って、
それでも生きていかなきゃいけないんです。
高校の時から毎年「今年の夏は自殺するぞ」って言ってる気がします。
でも夏は自殺できないんですよね、なぜか。
夏が一番辛いんですけど。
合理的に考えれば自殺した方がいいんでしょうけど。
今後楽しみなことは一つもないのに、苦しみはいたる方向から襲いかかってくる。
ちょっと心療内科に通おうかなと考え始めました。
サルトルを読み始めたのもこれが理由です。