母親を自死で亡くした私のブログ

母親から精神的虐待を長年にわたり受け続けた娘の日記です。母親は2017年5月に自死しました。

昔の日記 (2)

やっと父親と会えて、母親に対する責任追及をしようと思った矢先に自殺される。


私が6歳の時に父親を奪われたこと。父親が6歳の娘と二度と会えなくなって、成長を見ることが叶わなかった悲しみ。


私はもう父親の家庭に戻ることはできない。私の会ったことのない腹違いの妹と父親の妻がいるから。


私はもう居場所がどこにもない。


私は母親を奪われ、父親を奪われ、家庭を奪われ、健康な人格形成の機会を奪われた。


神様、私をなぜみなしごにしたのか。


なぜ与え、奪ったのか。


私は精神のアウシュヴィッツの生存者。


私は12年間精神的ガス室で生きてきた。


やっと外の綺麗な空気が吸えるようになったんだけど、


肺の中にまだ毒が残ってて、


外の空気は吸うのに楽だけど、


肺のゼエゼエ言う痛みは消えない。


周りが走ってる中、私は一歩一歩がやっと。


そのことを受け入れたほうがいいのかもしれない。


私は、精神的ガス室にいてもひたすら頑張って走ってこれたから、人並みにできることが当たり前だったけど、


でもそれは本来奇跡みたいなことなんだ。


羽生君なんて目じゃないぐらい、私はありえないほどのハンディを負ってこれまで生きてきた。


二ヶ月練習できないどころじゃなくて、私は12年間ガス室で毒ガスを吸って生きてた。


霧の中に潜む得体の知れない怪物(母親)に怯えながら。


警察をなんども呼ばれたし、精神病院にも入院させられた。


私がガス室で育っても、周りの子供より成績がなまじよかったのがいけなかったのか。


ガス室に住んでいることを気づかれることは少なかったし、自分からもアピールすることはなかった。


でも副作用がないわけじゃない。


今までは勉強さえやっていれば、問題は表面化することはなかった。


学生の身分で問題が表面化することなんて非行に走らない限りそもそも少ないのかも知れない。


私のケースでは精神病院や警察送りになったことで断続的に表面化はしていたが、


水死体のように浮かび上がっては、誰かが隠蔽しようとする。


何が起きているのかもわからず、ただ波に飲まれ、いじめや母親の精神的虐待に苦しめられた日々。


その中で子供時代の私はいつのまにか、姿を消し、


時々ガスでパンパンに膨れ上がった死体として濁った沼の中から浮上する。


亡霊が顎の腐り落ちた口で、


「誰か、私を愛してください」


この亡霊が、私の人との関係を蝕む。


私を愛していない証拠となるようなものが一つでも見つかれば、


「それ見たことか。お前は必要とされていないんだ」と叫び、


恋愛関係を壊死した指のように完全に断とうとする。


私が何歳になろうと、どんなに外面や振る舞いを取り繕っても、


私の本質がこの哀れな溺死体であることは一生変わらないだろう。