母親を自死で亡くした私のブログ

母親から精神的虐待を長年にわたり受け続けた娘の日記です。母親は2017年5月に自死しました。

俗世

今日は…なんと渋谷の109で服を買いました。
私がなぜこんなに若者らしいことをするのに至ったかというと、
前デートで男性と一緒に109に行ったときに「可愛い服を着る勇気がない」と話したところ、「気にしないで着てみれば」と言われたことがきっかけです。
確かにそうだと思いました。
そこで行って、前回から目星をつけていた服を購入しました。
試着するときもサイズを気にする必要がなく、普通に入りました。
多分これが一番嬉しかったんだと思います。
入ったのが嬉しくて買ってしまったようなものです。
もちろんデザインは気に入っていますが。
しかし、私は考えました。
こうしていらないものを増やすことになんの意味があるのかと。
もちろんあれば嬉しいですが、欲を言えばキリがないです。
欲を突き詰めればいくらお金があっても足りません。
欲望が私の望むライフスタイルの障害となることを私は危惧しています。
しかし私はどのようなライフスタイルを望んでいるのか。
実家が都会なので、都会に住むことはできる。
でもやっぱり海もいいなあ。
私が都会が好きなのって、孤独だからなんです。
孤独でも都会にいれば、気がまぎれる。
田舎にいるとどうしても一人であることに直面せざるを得ず、つらい。
田舎に暮らしている家庭は幸せそうなのに。
田舎って、地域のコミュニティの中の自分という認識をしなくてはならないので、
そこが自分にとってはきついです。
やっぱり私が一人である限り、都会暮らしをするしかないんです。
ちなみにデートに一緒に行った男性ですが、
彼とずっとやっていけるかに関しては自信がありません。
彼は私を恋人と思っていないようで。
まあ当然かもしれません。恋の感情はないので。
ただお互いに都合のいい相手というだけです。
だから彼は詮索されるのを嫌いますし、彼も詮索してきません。
でもこういう関係は私は正直言っていやです。
私は真っ向からぶつかり合う愛が欲しい。
私を真っ向から受け止めて欲しい。
「君はこういう欠点があるけど、それでも君はこれらの長所があるから、だから君と付き合いたいんだ」と言ってくれたら、どんなに嬉しいか。
私が探していたのは恋じゃなくて、受け入れてくれる人だったんですね。
もうこの男性とは会わないかもしれません。
なんか、一緒にいても寂しい気持ちがしたので。