母親を自死で亡くした私のブログ

母親から精神的虐待を長年にわたり受け続けた娘の日記です。母親は2017年5月に自死しました。

自由意志

未来に全く希望が持てません。
今シャワーを浴びていて、体を洗ったらひさしぶりにお風呂に湯を張ってお湯に浸かろうと考えていたのですが、
あまりにも後悔ばかりが浮かんでくるのでこれ以上お風呂にいるのはやめようと思い断念しました。
高校生の時、数年後まさかこんなに多くの時間を後悔することに費やしているとは思ってもみませんでした。
私たちの選んだ選択肢のもたらす結果がわからない場合、私たちは果たして選択できていると言えるのでしょうか。
選択肢自体は選べてもそのあとの結果は選べません。
なので、自由意志ははっきりいってないと思います。
だから選択肢を選ぶということは実際はなんの選択でもありません。
なので自分の選んだ選択肢を後悔することもまたナンセンスです。
じゃーどうしろっていうんでしょうか。
今後どんな選択をしてもその結果が選べないなら、
選ぶこと、生きること自体馬鹿げた行為にしか見えませんが。
Trainspottingの主人公は"I chose not to choose life."と言っていました。
彼はヘロインを選ぶのですが、
私は薬物も選びたくありません。
海外に行ったら薬物をやっても違法ではないんだろうと思いますが、
そういう薬物を取引している人と接触するのがそもそもいやです。
留学した際に、仲良くなった外国人留学生たちが大麻パーティーやると話してましたが、
私は本当心底嫌になりましたね。
昔はドラッグやってみたいとか思ってましたが、
そういう頭の悪いヒッピーみたいな奴らと関わるのが嫌です。
大麻でなくヘロインだったらやる人のタイプが違うのかもしれませんが。
私は酒を飲むのも嫌でコーヒーすら飲まないので、
そういう物質に依存して生きることもできません。
話が逸れてしまいましたが、
私はとにかく選びたくない。
生きることも選びたくない。
じゃあ死ぬのかと聞かれれば、
自由意志のない私がなんで進んで死ななきゃならないんだと。
自由意志はないのになんで結果を選べなかった自分を責めて死ななきゃいけないんだ。
自由になりたいなあ。
本当の意味で自由意志のある世界に行きたい。
でもそんなの無理。
不自由だなあ。なんて不自由なんだろう。
人間なんてどんな人でも檻の中で人生を終えるのと一緒ですよ。
もちろんした選択がたまたまいい結果になった人たちもいて、
その人たちは自分たちが檻の中にいることに気づきません。
彼らがそれに気づくのは、老いぼれて体が不自由になった時や、不運に見舞われて回復できなかった時だけ。
まあ気づくのは遅ければ遅いほどいいんですけど。
私はもうすでに14ぐらいの時から気づいてましたね。
もしかしたら私は早く死ねって言われてるのかもしれないです。
そんなに死んで欲しいんだったらガンでもテロでもなんでもいいから殺してくれよーって思いますけどね。
私は苦しむために生まれてきたんでしょうかね。