母親を自死で亡くした私のブログ

母親から精神的虐待を長年にわたり受け続けた娘の日記です。母親は2017年5月に自死しました。

なんのために生きているのか

自分は色々と欠けています。
家族も学歴も学んだ内容も。
20年間、散々苦労してきたのに骨折り損でした。
もう生きていても仕方ないなあと思います。
ISISなどテロリストグループにでも入って、社会に対する復讐をしたいと思うこともありますが、
女性は戦闘員の子供を産むぐらいしか役割がないそうなので、それも叶いません。
辛い世の中ですね。反政府組織にも拒絶されるなんて。
私は社会に対して復讐をしたいと心のどこかで考えています。
なのでルール通りにやるのは嫌です。
本当は嫌なんですが、まだ幸せになれるかもしれないという希望が捨てきれずにいます。
だから大学を卒業して、新卒で会社に入りたいという願望があります。
でもそれも正直嫌です。
幸せになれるかはわからないし、これ以上社会に束縛されたくないからです。
私は将来何か、意味のあることをしたいです。
99%が1%の金持ちに踏みつけられ搾取されるような社会を変えたいです。
それが新幹線での焼身自殺であり、秋葉原の大量殺人事件だったわけです。
私の命を、どうにかして、尊い理由のために使いたい。
私は「何も失うものがない」人間になりきれないところが本当に不甲斐なく感じます。
何も失うものがない人間は実は一番恐ろしい存在なのです。
絶望と怒りだけで動くからです。
私は「何も失うものがない」人間になって、社会を変えていきたいです。
そういう人たちを集めて、社会を本気で変えるために捨て身でできること。
それを考えたいと思っています。
私が職について、楽しく暮らせたとしても、それは結局は独りよがりの、社会を顧みない、自分さえよければいいという上位1%の思想なんじゃないでしょうか。
現在の学歴社会、階層社会はまさしく「自分さえよければいい」という思想で成り立っています。
構造的な問題の責任を、「努力しない奴が悪い」と個人に転化してしまうのです。
夏休みはボランティアに行こうと思います。