母親を自死で亡くした私のブログ

母親から精神的虐待を長年にわたり受け続けた娘の日記です。母親は2017年5月に自死しました。

精神的に安定した人の考え方から学ぶ

今日彼氏と話していて、
やっぱり大学卒業後は普通に働いた方がいいと思いました。
彼氏はすごく精神的に安定した人です。
彼は「先駆者になるのは危険」「長い物には巻かれろですよ」と言っていました(直接相談したわけではありませんが)。
そうか、精神的に安定している人はこういう風に考えるのか。
というか、普通の人はこう考えるのか。
この世界は普通の人のためにできている。
そんな世界の中で異端な生き方を押し通したところで、
左利きの人が右利きのために作られた世界の中で無意識にストレスを溜めて早死にするのと同じです。
顔を猫のように整形した人がやっぱり普通の人からの目線に耐えられず、自殺したのと同じです。
やっぱり、私は普通から外れずに、
自分の能力が指南してくれる仕事につくべきだ。
それ以上もそれ以下も望むべきではない。
自分の能力を生かした職業につけば、学歴で差別されることもないだろうし、
給与も十分暮らしていけるレベル。
もちろん論文を書くほどの能力は求められないでしょうけど、
自分の能力を活かせばその職場で高確率でトップになれるでしょう。
それで周りの人に頼られ、尊敬される。
それだけでいいじゃないか。
それだけで幸せになれると思います。
もちろん周りの人に好かれなくて、思うように評価されないとかそういうことはあるかもしれません。
しかしそれはもう自分の能力の範囲を超えています。
自分の人望の問題です。
人望のなさのせいで今後過小評価されて生きていくのかもしれませんが、
それは人格の問題であり能力の問題じゃありません。
私は自分の能力をフルに生かすために博士課程に行って貧困で苦しむのではなく、
人並みの給与をもらってそこそこ幸せになることをゴールにするべきです。
私は今日真剣に考えていました。
博士課程に行った後の生計の立て方を。
研究のために時間を割くんだったら、あまり長時間のバイトはできない。
だったら風俗に手を出せばいいんじゃないのかと。
しかし私の中で、さすがにストップがかかりました。
風俗に手を出さざるを得なくなる可能性が最初から見えているオプションはやめといた方がいい。
東大文学部の大学院進学数を見てみましたが、
1学年あたり約60人。
この人たちに果たして勝てるのか。
無理でしょう。
何言ったって凡人は所詮凡人なんです。
でも私みたいな凡人でも活躍できるところがある。
大切にしてくれるかもしれない職場がある。
ひょっとしたら職場は非常に居心地のいいところとなるかもしれない。
それだけで十分ありがたいことじゃないか。
私の求めているのは、まず、愛されること。
愛されることと、安定することと、自分で金を稼いで自分で食べていくこと。
これを遅らせるのは意味がないどころか、危険ですらある。
私が天才なら、話は違うけど、
私は天才じゃないし、将来の安定をみすみす逃すだけの余裕はないし、
愛されないでも大丈夫な訳ないし、
結婚は最低30までにしたいし、
子供は欲しくないけど、経済的安定が欲しい。
私を歓迎してくれる世界はいっぱいあるはず。
仕事につけばいやでも必要とされるようになるし。
苦しみはあともうちょっとで終わる。
せいぜい就職決まるまでのあと1年足らずと、
就職してから2〜3年。
そうしたら私の見える世界も変わって来るかもしれない。