母親を自死で亡くした私のブログ

母親から精神的虐待を長年にわたり受け続けた娘の日記です。母親は2017年5月に自死しました。

死んでも許さない

母親は多分許されたかったんでしょう。
私にはそれは無理でした。
高校三年間、家では口論をする以外はほぼ口をききませんでした。
家の構造上母親の部屋を通らないと自分の部屋にいけないようになっていたので、
その時につかみ合いの喧嘩になったことがありました。
それで母親に警察を呼ばれたのですが、
それ以降は母親がついたてを通路側に配置していました。
母親の部屋が私は嫌で嫌で仕方ありませんでした。
どんよりしてて。母親の後ろ姿から、あの余裕のない感じの雰囲気が漂ってる。
目が合えば憎しみに満ちた視線を飛ばしてくる。
笑いかけてくれたことなんて、もう何年もありませんでした。
一触即発でした。
警察を呼ぶところ自体卑怯ですよね。
警察は絶対呼んだ方に肩入れするじゃないですか。
母親は自分で離婚しシングルマザーになって、
私を引き取って父親にも会わせないでおいて、
邪魔になれば警察に「どうにかしてください」って。
まあ私が逮捕されることは結局ありませんでしたが。
思い出すだけで腹が立ってくる。


母親は、結局私が一人暮らしを始めた後(警察によって始めさせられた)
毎日泣いてたそうですが。(祖母情報なので確かではないかもしれない)
私の誕生日にはプーさんのぬいぐるみにメッセージカードをつけてよこしてきました。
安い物品と安い言葉で修復不可能な過去を拭い去ろうとして。
老後の面倒を見て欲しかったのか?
ほとほと呆れさせられる。
母親が死んだ今でもその行動からは軽蔑しか感じません。
もう遅いんだよ。
お前は取り返しのつかないことをしたんだよ。
母親もやっとそのことに気づいたようですね。
だから自殺したと。
母親のせいで父親と12年間音信不通になり、
父親が二人も別に子供を設けてしまった。
そのせいで私は一生父親と同じ屋根の下で暮らすことができなくなった。
一生私は親戚から腫れ物のような扱いを受ける(両親はちゃんと結婚していたのに)。
許せない。
一生、治らない傷を母親は残していったのです。
許すことはできません。


それでも母親が死なないよりかはいくらかマシな人生を送れているとは実感しています。
実家に帰る時に抵抗がない。
恐怖に襲われる必要がない。
今後母親の介護の心配もしなくていい。
祖母の介護は叔父の家族がやってくれる。
母親のおかげで、子供を設けないという固い信念ができました。
私は多分日本の多くの人間よりも自由です。
金だって15年ニートする分ぐらいはあります。
だから自分の好きなことをやらせてもらいます。
働きたくなければ、働きません。
動きたくなければテコでも動きません。
私を自殺へ追い込んだ母親はもういません。
授業がもうすぐ始まりますが、
これも本当に行きたくなければ行きません。
単位落としても結構。
来年授業を取ればいいだけのことですから。
就職活動なんて真面目にやる意味ありません。
私の両親は待遇の良い同じ大企業で働いてましたが、両方ともやめてます。
人間には、やりたくないことをやらない自由があるべきだと思います。
もちろん毎日授業がだるいから行かないとか、そういうのはダメだけど、
自分の信条に反すること、辛くて楽しみが全くないことをやらずに済む券を自分にあげたいと思います。
就活って平均4次面接ぐらいまであるみたいですね。
しかも1次面接はグループディスカッションのことが多いそうです。
いやーもう1次で全部落ちるんじゃないでしょうか。
1次で全部落ちるなら就活に時間割く意味ほぼないでしょうね。
まあ全部が全部GDじゃないと思うし、
インターンシップに出たから優遇してもらえるところもあるし、
もしどこもダメだったらindeedで探して就職しよう。